淡雪
「そうは仰いましても、元々大籬でもない招き屋ですからね、噂は怖いんですよ。しかも花魁を失ったわけで。音羽花魁の怪我の回復状況にもよりますが、間違いなく道中は張れない日が続きますし」

 口が動かせないほどの傷であれば、傷跡がすっかりなくなるとも思えない。
 骨が傷付いたかもしれないし、治っても引き攣れとかは残るだろう。
 もう花魁としては立てないかもしれない。

「わっちが帰る」

 すくっと揚羽が立ち上がった。

「花魁が寝込んでるんだったら丁度いい。見世に出ることもないから、わっちも籠っておけるし」

 客足が減っていれば、なおいい。
 手伝いに駆り出されることもないだろう。

「音羽も揚羽がいてくれたほうがいいとは思うが……。大丈夫か、他の奴に苛められるかもしれないぜ」

「そんなの慣れっこだよ。それより花魁が弱ってるところを狙って、他の姐さんたちの嫌がらせが入るかもしれない。花魁を守らなきゃ」

 鼻息荒く勇ましいことを言い、揚羽は小槌屋のほうに身体を向けた。

「匿ってくださって、ありがとうございました。このお礼は、いずれ必ず」

 未来の花魁らしく、きちっと三つ指ついて挨拶する。
 幼いながらも、なかなか様になっている。

「いきなりだねぇ。よく働いてくれるから、わしとしてはお前さんを引き取りたいところだったんだが」

 小槌屋が残念そうに言う。
 すると、揚羽は少し顔を上げて、子供らしからぬ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「もしこのまま客足が遠のいて、招き屋が潰れましたら、その暁には小槌屋様、引き取ってくださいまし」

「おお、そうだな。そういう可能性もあるな。お前さんが花魁として立ってしまうと盛り返すだろうから、それまでに潰れることを祈ることにしよう」

 揚羽の前には今の新造が花魁に立つだろうが、人気は今一つだ。
 揚羽が新造になり、花魁になるまで、その花魁でもつだろうか。
 それほど音羽の存在というのは、招き屋にとって大きいのだ。
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