淡雪
「実は奈緒様のことが、少し前から気がかりだったのです。初めは他愛もない話だったと思うんです。稲荷神社で、危ないところを助けて頂いた、その人にまた会って少し話をしたら面白かった、とか。奈緒様からそういった殿方の話が出ることは珍しいことではありましたけど、別に特別な感情があるようにも思いませんでした。奈緒様には許嫁もおられましたし、特にその方と上手くいってなかったというわけでもありませんでしたし」

「そうだろうな。許嫁といるところを見たことがあるが、普通に仲良かった」

「でもそのうち、何だか奈緒様の様子がおかしいというか。たまに人が違ったような雰囲気になって」

 言いながら、静は首を傾げた。

「……上手く言えないのですけど、何というか……心がどこかに行ってしまったような。ぼーっとしていたと思ったら、いきなり行動したりして。前に奈緒様と花街にお花見に行った子がいるんですけど、そのときもちょっとおかしかったと聞きました。そうこうしているうちに、お稽古にも来なくなって」

「……病……か?」

 考えてみれば、最後に見たあの音羽を襲ったときの奈緒は病的だった。
 少し前からおかしかったというのなら、あれは病のせいなのだろうか。

「病……というのか。初めは鬱々としてらしたので、ご結婚のこととかで、いろいろ大変なのかと思っていたのですけど、ちょっとそういう軽いものでもないような。あの、奈緒様がお稽古に来られなくなって少し経ったぐらいのときに、一度偶然見かけたことがあるのです。どこが悪い風でもなかったので声をかけましたら、何だかとても楽しそうで。ご結婚に向けて、準備を進めてるとか仰ってました」

「それは……別におかしなところはないだろう?」

「そうなんですけど、どうも、その……。楽しそうなわりに、雰囲気が恐ろしいというか。あの、そのときにたまたま猫が私たちの前に蹲ったんです。水たまりがありましたので、水を飲もうとしただけだと思うんですけど。それに、そんなに大きな猫じゃないんです。小さい、まだ子供な。さして邪魔にもならないのに、いきなり奈緒様、その猫を蹴り上げたんです」
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