淡雪
終章
 うだるような暑さの宵の口、花街はひと際華やかな雰囲気に包まれていた。
 招き屋から出てくる行列を、往来に集まった人々が歓声をもって迎える。

「あれが揚羽か。なるほど、こりゃあ先が楽しみな新造だな」

「音羽花魁があんなことになって、どうなることかと思ったが。新造出しは成功だな」

 現花魁の前を行くのは、新造出しの揚羽だ。
 髪は無事に伸び、綺麗に結い上げられている。
 これから順調に、花魁への道を進むだろう。

 黒坂は人垣の後ろから、花魁を先導する揚羽を見送った。

---本当、父親の気分だな---

 ふ、と笑い、黒坂は賑やかな行列の去った招き屋に入った。
 訪いを告げると、奥から五平が出てきて、すぐに座敷にあげられる。

 座敷といっても二階ではない。
 帳場の奥、女将の前だ。

「……本当、お前様たちの絆には、感動を通り越して呆れます」

 ふぅ、と女将が紫煙を吐き出し、煙草盆に寄りかかる。
 口ではそう言うが、さほど嫌そうでもない。

 黒坂は懐から袱紗を取り出した。
 それを女将の前に置いて、結び目を解く。
 黄金色に輝く小判が姿を現した。

「今回の事件は、あなた様たちにとっては良かったのかもしれませんね」

 金を受け取り、女将が言う。

 奈緒に斬られた音羽は、危惧していた通り、顔に醜い傷が残ってしまった。
 おまけに口を動かすと引き攣れる。

 当然花魁の地位は交代になり、客も軒並み離れてしまった。
 だがそうなると、身請け代も破格に安くなる。

 それでも貧乏浪人である黒坂が、ぽんと出せる金額ではなかったし、実際全然足りなかったのだが、思い切って小槌屋に借りたのだ。
 花魁のときほどの、目が飛び出る金額ではない。
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