淡雪
 相変わらず、黒坂は小槌屋の離れに住んでいる。
 小槌屋に借金をしてから、家主である金吾には頭が上がらない。

 金吾のほうも、遠慮なく黒坂をこき使う。
 今日も朝から掛け取りに駆り出された。

「今までこんな立て続けに掛け取りしなかったじゃねぇか。最近の忙しさは何だ?」

 渋い顔で後に続きながら黒坂が言うと、小槌屋は振り返って、にこりと笑った。

「今までは遠慮していたのですよ。機嫌を損ねて去られても困りますしなぁ。なかなか信用に値する用心棒というのは、いないものなので」

「で、俺の頭が上がらなくなったから、ここぞとばかりにこき使ってるわけか」

「人聞きの悪い。旦那のことを思えばこそですよ。とっとと借金を返してしまいたいでしょう? そのためには、仕事に励んで貰わねば」

 そう言われると何も言えない。
 借金したとはいえ、これほどいい条件はない。
 家賃は徴収されないし、仕事にあぶれることもない。

 ただ給金はそのまま借金の返済に充てられるので、ただ働きになるが、それとて仕事をすれば返済している、と小槌屋はみなしているので、返済に困ることもない。
 食費も小槌屋の台所から出ているので、ほぼただである。

「ま、奥方と共に、一生かかって返してくださればいいですよ」

 音羽も小槌屋の店を手伝っている。
 一生借金から逃れられないのは廓と同じだな、と思いながら、黒坂はため息をついた。
 もっとも随分と条件のいい廓だが。

 ふと、黒坂は視線を感じて顔を上げた。
 通りの向こうに、良太郎を見つける。

「おや、これは。伊田様ではありませんか」

 小槌屋も気付き、ぺこりと頭を下げる。

「伊田様にはその折、随分助けて頂き感謝しております。高保様にはお気の毒でしたが、ああなってしまうと、こちらも諦めざるを得ません」

 奈緒と良太郎の借金は、伊田家がすぐに返済したので残るは元の、奈緒の実家の分だけだったのだが、その高保家は不祥事を起こした咎で閉門に処された。

 良太郎は固い顔で小さく頷き、目を黒坂に戻した。

「……では旦那、手前はこれで」

 空気を察し、小槌屋が黒坂に言って離れていく。
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