淡雪
 しばし黙っていた二人だが、やがて良太郎のほうが口を開いた。

「歩きませんか」

 ゆるゆると、二人は人混みを避けて歩き出した。
 久しぶりに見た良太郎は、以前のように疲れた感じもなく、元の好青年に戻っている。

 憑き物が取れた感じだ。
 ただその代わり、濃い憂いの陰が落ちているが。

 黙ったまま、二人は稲荷神社についた。
 どうしても、話をするとなると、足はここに向いてしまう。

「家のほうは大丈夫なのか」

 黒坂が言うと、良太郎は、こくりと頷いた。

「うちは特に騒ぎを起こしたわけではないので。許嫁を斬ったといっても、それが曰くつきだったので致し方なし、となったようです」

 伊田家は特にお咎めなく、日々を暮らしている。

「奈緒殿は、一体どうしてしまったのでしょう」

 ぽつりと、良太郎が本殿を眺めながら呟いた。
 ここで初めて会ったときは、しっかりした武家娘だった。
 いつからあんな、人が変わったようになってしまったのだろう。

「あなたに惹かれたのだとしても、あそこまでするでしょうか。人は、奈緒殿は色恋に疎かった故、たまさか出会った身分違いの人に、より強烈に惹かれたのだろうと言いますが」

「あんたと俺じゃ、まるで毛色が違う。それが新鮮だっただけで、勘違いしたんじゃねぇかな。でも、それにしてもあの奈緒の行動は、明らかにおかしい」

「そうですね。花街に花見に行った頃から、様子がおかしかった。まるで何かに憑かれたようで……」

 そう言って、ふ、と良太郎は笑みを浮かべた。

「いえ、でも結局あれも、奈緒殿なんです。ああいう一面を、私は見抜けなかった。それだけです」

「あんたはそれでいいのか?」

 奈緒の本心は、いまいちわからない。
 だが良太郎は、奈緒を好いていたはずだ。
 他の男と出会ったことで乱心した挙句、斬る羽目になったことはいいのだろうか。

「いいも何も……。ああしなければ収まらなかったでしょうし、それに……あれは奈緒殿が望んだことです」

「あんたも気付いてたんだな」

 黒坂が言うと、良太郎は本殿に向けていた目を黒坂に向けた。
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