淡雪
 小槌屋は小体ながらも結構立派な店構えだった。
 店先で、奈緒はごくりと喉を鳴らす。
 母親には、ただ今の借金の返済に充てると言ったが、もう一つ、頼んでみようと思うことがあった。

 だが無茶な願いだけに、敷居を跨ぐ勇気がなかなか出ない。
 しばらく店の前をうろうろしていると、不意に中から男が出てきた。

「おや? うちに何かご用で?」

 番頭のような男は、奈緒を見ると不思議そうな顔で問うた。
 札差のところに娘が来るなどないことだ。

「あ、あの。高保の家の者です。旦那様にお取次ぎ願えますでしょうか」

 一気に言うと、番頭は驚いたように目を丸くして、奈緒を見た。
 が、名を出したことで用向きがわかったらしく、すぐに中に招き入れられる。
 しばし待つと、見たことのある初老の男が姿を現した。

「これは、高保様のお嬢様。どうなさったのです」

 慌てた様子で奈緒に問うのは、あるじの金吾だ。

「いきなりすみませぬ。高保左衛門が娘、奈緒にございます」

 ぺこりと頭を下げ、持ってきた袱紗を、ずいっと前に出す。

「まずは、こちらをお納めください」

 小槌屋が袱紗を解くと、完済には程遠いものの、相応の金子が包まれていた。

「ど、どうなさったんで?」

 驚いて言うと、奈緒は手をついたまま真っ直ぐに小槌屋を見た。

「実は、ここのところの借金は、私の輿入れのためだったんです。嫁ぎ先が父の上役のため、支度もそれなりにしないといけないと、あらゆるものを新調した結果です。だけど私は、そこまでして欲しくありませんし、夫となる方もわかってくれております。ついては嫁入り道具を処分し、用意したのがこちらになります」

「……何とまぁ、ご自分の花嫁道具を処分されたと」

「私は両親の気持ちだけで十分です」

 きっぱり言うと、小槌屋は、じっと奈緒を見た。
 そして、うむ、と頷く。

「わかりました。お嬢様のお気持ち、しかと受け取りましたぞ。残りの催促はいたしますまい。ゆるりと返済なされよ」

「ありがとうございます」
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