淡雪
「しかし、こちらとしても危険な賭けであることは理解して貰えますね? いくら金を積んでも、昇進の道は確約されたものではないのです」

「はい……」

「それなりの担保がなければ、それだけの出資はできませぬ」

「担保……」

「お嬢様。先ほど並々ならぬ決意のほどを聞かせてくださいましたな。この小槌屋金吾、お嬢様の決意が本物なれば、お話に乗ってもよぅございますよ」

「ほ、本当ですかっ?」

 ぱ、と嬉しそうに、奈緒が身を乗り出した。
 それに、小槌屋は満足そうに頷くと、ぱし、と懐から出した扇で手を打った。

「ええ。ただ、先ほど口にした『どんな条件でも呑む』というのが本気であれば、ですが」

 若干小槌屋の目が鋭くなり、奈緒はごくりを喉を鳴らした。
 だが借金が返せない以上、明るい未来はない。

「わかりました。条件を提示してください」

 き、と顔を上げて奈緒が言うと、小槌屋はにやりと口角を上げた。

「よろしい。担保はお嬢様自身」

 小槌屋の言葉に、奈緒は、やはり、と思った。
 借金の形となれば、若い娘が定番だ。
 遊郭には、そうやって売られた女子がわんさといる。
 父の昇進がなされなければ、奈緒は遊郭に売られるのだろう。

「承知しました。もし父が借金を返せなければ、潔く遊郭に行きましょう」

「いえいえ。お嬢様が行くのは遊郭ではありませぬよ」

 青い顔で言った奈緒に、拍子抜けするほど軽く、小槌屋が言った。
 へ? と硬くなっていた奈緒の顔が崩れる。

「お嬢様の身柄を押さえたならば、こちらの黒坂様に嫁いで頂きます」

「……えっ?」

「は?」

 奈緒の声と、部屋の入り口近くで所在なさげにしていた黒坂の声が重なる。

「黒坂様は浪人なので、苦労なされるかと思いますが。とりあえずはうちで面倒を見ておりますので、生活に困ることはないかと」

「いやちょっと待て。何でそうなる? ていうか、何の話だ?」

 黒坂が片膝立ちで、小槌屋ににじり寄る。
 途中からだし、話の流れがさっぱりわかっていないのだ。

 そんな黒坂をさらりと流し、小槌屋は番頭に金の用意をさせた。
 目の前に、燦然と輝く小判が積み上げられる。

「さしずめこれはお嬢様のお値段ということになりましょうか。ではこちらを持って、契約成立でよろしいな? お父上の昇進が叶うことを祈りますよ」

 赤い顔の奈緒と、茫然自失の黒坂に、小槌屋はにこやかに言った。
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