淡雪
「やれやれ、よぅ降りますなぁ」

 小槌屋の座敷で、あるじの金吾が表に目をやりながらぼやいた。
 ここ数日、長雨が続いている。

「この雨の中、わざわざお越し頂かなくても」

「今日はまだ小雨ですし、雨だと外に出ることもなくつまらないですから」

 出された茶を飲み、奈緒は冷えた身体を温めた。
 あれから両親に良太郎までが、金策に走り回っている。
 とはいえ新たに借財を増やしては元も子もないので、集められる金は知れたものだが。

 とりあえず貯まった金を届けに来たのだ。
 良太郎が行くといって聞かなかったが、彼が行くとややこしくなるのは目に見えている。
 何とか押しとどめて、奈緒が来たわけだ。

 もっともここしばらくの間の雨のせいで、出かけることのなかった奈緒は、小槌屋に来れば黒坂に会えるかも、という気がなかったわけではない。
 だが今のところ、黒坂は姿を現していない。

「少しずつでも返してくださるのはありがたいですが、無理はなさらないようお伝えくださいよ」

 にっこりと小槌屋が笑みを向ける。
 ちょっと考え、奈緒は思い切って聞いてみることにした。

「あの。小槌屋さんは、何故あのような条件を?」

 ん? と茶を啜る小槌屋を、奈緒は上目遣いで見た。
 どうしても顔が赤くなる。

「ああ、黒坂様に嫁いで頂く、と言ったことですか」

「本気なのですか?」

「お嫌ですか?」

 逆に聞かれ、思わず奈緒は黙ってしまった。
 普通であれば、考えることなく『嫌だ』と言うところではないか。

 よく知りもしない浪人に喜んで嫁ぐ者がおろうか。
 ここで嫌だと言わないのは、相手を好いている者だけだ。

「べ、別に私は、黒坂様のことを好いているわけではありません。第一私には許嫁がいるのだし」

 慌てて取り繕う奈緒に、小槌屋は相変わらず面白そうな目を向ける。
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