淡雪
その頃、前と同じく舟雅の二階では、黒坂が布団の上に転がっていた。
「雨が降ると冷えますなぁ」
すぐ横で上体を起こした女子が、ぼんやりと言う。
簪はおろか、髷も結っておらず、少し離れたところに脱ぎ捨てられた着物も質素なものだ。
だがその顔は、花魁の化粧を施さなくても、息を呑むほどの美しさだった。
「寒いか?」
「いいえ。こうしていれば暖かいです」
音羽はそう言って、黒坂の素肌に身を寄せる。
その白い肌を、黒坂は、きゅ、と抱きしめた。
「雨の日は、黒坂様が来てくれるか不安」
「俺がすっぽかしたことがあるか?」
「そうでなくて、お稲荷さんに」
ああ、と黒坂は呟いた。
黒坂が稲荷神社に行くのは、あそこが禿との連絡場所だからだ。
だが事前に日時を決めているわけではないので、当然会えないときもある。
黒坂の行く時間は大体決まっているが、禿が外に出るのは一定ではない。
姐さん方の買い物が、そう頻繁にあるわけではないのだ。
黒坂と音羽が会えるのは、月に二、三度がいいところである。
「あそこに行くのは、日課のようなものだからな」
「毎日お祈りしてくれれば、小槌屋さんも安泰ですね」
「招き屋は潰れてくれてもいいんだがな」
黒坂が言うと、音羽は抱きついていた身体を起こした。
「でもそうなると、悪くしたら他の店に行くことになります。そしたらこんな風に、黒坂様に会えなくなります」
「そうだな……。招き屋のお陰で、花街一の花魁と、こんなところで会えるんだしな」
自嘲気味に言う黒坂の口を、音羽の口が塞いだ。
「雨が降ると冷えますなぁ」
すぐ横で上体を起こした女子が、ぼんやりと言う。
簪はおろか、髷も結っておらず、少し離れたところに脱ぎ捨てられた着物も質素なものだ。
だがその顔は、花魁の化粧を施さなくても、息を呑むほどの美しさだった。
「寒いか?」
「いいえ。こうしていれば暖かいです」
音羽はそう言って、黒坂の素肌に身を寄せる。
その白い肌を、黒坂は、きゅ、と抱きしめた。
「雨の日は、黒坂様が来てくれるか不安」
「俺がすっぽかしたことがあるか?」
「そうでなくて、お稲荷さんに」
ああ、と黒坂は呟いた。
黒坂が稲荷神社に行くのは、あそこが禿との連絡場所だからだ。
だが事前に日時を決めているわけではないので、当然会えないときもある。
黒坂の行く時間は大体決まっているが、禿が外に出るのは一定ではない。
姐さん方の買い物が、そう頻繁にあるわけではないのだ。
黒坂と音羽が会えるのは、月に二、三度がいいところである。
「あそこに行くのは、日課のようなものだからな」
「毎日お祈りしてくれれば、小槌屋さんも安泰ですね」
「招き屋は潰れてくれてもいいんだがな」
黒坂が言うと、音羽は抱きついていた身体を起こした。
「でもそうなると、悪くしたら他の店に行くことになります。そしたらこんな風に、黒坂様に会えなくなります」
「そうだな……。招き屋のお陰で、花街一の花魁と、こんなところで会えるんだしな」
自嘲気味に言う黒坂の口を、音羽の口が塞いだ。