淡雪
「奈緒さんがそんなに気にするんだったら、道中やってる夜に来たほうが良かったかな」

「そうね。でも夜なんて、それこそ無理だし」

「良太郎様に連れてきて貰ったら? あ、でも音羽の美しさに、骨抜きになるかもよ?」

「そんなっ!」

 そこまでなのだろうか。
 あの黒坂が。

 思わず悲痛な声を上げた奈緒に、薫はきょとんとした後、ぷ、と吹き出した。

「そんなに必死になっちゃって。ほんと、奈緒さんは良太郎様一筋なのねぇ」

 あははは、と笑う薫は、奈緒の頭には良太郎のことなど浮かんでいないとは露ほども思っていない。
 奈緒はそんな薫を見もせずに、睨むように招き屋を見た。

 小槌屋に、大事なことを聞き忘れた。
 黒坂と音羽が、どう知り合ったのか知りたい。
 黒坂への想いが強くなるほど、じわりと奈緒の心に、また黒い染みが広がる。

「あっ」

 不意に薫が、空を見上げた。
 奈緒の心のように、いつの間にか黒い雲がかかり、ぽつりぽつりと涙をこぼしてくる。

「ああ~、今日は大丈夫と思ったのに。奈緒さん、強くならないうちに帰りましょう」

 薫が、奈緒の手を取って足早にその場を去ろうとする。
 奈緒も急いで薫に従った。
 雨は瞬く間に本降りになる。

「困ったわ。とりあえず、あそこの軒先に……」

 後ろの奈緒に振り返りざま言った薫だったが、その目を離した瞬間に、前方から駆けてきた少女にぶつかった。
 勢い余って、薫が後ろに倒れる。

「薫さんっ」

 慌てて支えたものの、足元が滑り、奈緒までが倒れ込んでしまう。
 派手に水飛沫が上がった。

「あたたた……」

 呻きながら起き上がると、薫の上に、小さな少女が転がっていた。
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