淡雪
「まだまだ寒いな」

 そう言いながら、手を擦り合わせる。

「裸足だからじゃないですか? そりゃ寒いでしょう」

 一番最初に出会ったときも裸足だったからこそ、さっさと足を洗えたのだ。
 しかしそういえば、何故この寒空に裸足なのか。
 すると黒坂は、少し意味ありげに笑った。

「知ってるか? 遊女は一年中裸足なんだぜ。雪の道中でもな」

 どき、と奈緒の鼓動が強くなる。
 道中を張れるのは花魁だけだ。
 遊女、と言っただけで誰とは言わないが、誰を指すのか自ずと知れよう。

「花魁と同じようにしているのですか。黒坂様、案外可愛いところがおありなのですね」

 貧乏浪人だから、会うことの叶わない花魁と少しでも々気持ちを味わいたい、とかいう気持ちなのだろうか。
 少し馬鹿にしたように言うと、黒坂は、ふん、と鼻を鳴らした。

「お前さんがいきなり廓に売られりゃ、明日から裸足の生活だ。霜焼けになった足を見て、現実を知るのさ。男は売られることはねぇからな。恋女房が売られたって、すぐ忘れちまう」

「……黒坂様は妻が、廓に売られたのですか? それを忘れないために、いつでも素足なんですか?」

「物の例えだよ」

 核心に迫ると、するりとかわされる。
 昔、音羽と夫婦だったのだろうか。

 黒坂の歳の頃は二十歳後半ぐらい。
 しかし妻であったぐらいの歳の女子が、売られて花魁にまでなれるだろうか。

「ところで、何で音羽花魁に会いたいんだ?」

「えっ」

「さっき言ってただろう。神頼みするほど花魁に会いたいってのも珍しい。男ならいざ知らず」
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