淡雪
「あの対談方であろう? 浪人ではないか」

「お武家など、いつ浪人になってもおかしくありませぬよ」

 さらりと言う。
 伊田家はそれなりの地位にいるし、高保家のように借金まみれなわけでもない。
 なので良太郎には、いきなり足元が崩れるという感覚が薄いのだ。

 だが盤石だと思っていても、武家社会は思わぬ落とし穴があるものだ。
 ある日いきなり濡れ衣を着せられて失脚、ということもあり得る。

「黒坂様だって、昔はれっきとした主持ちの侍だったのですよ。もっとも今のほうが、彼の性には合っていると思いますが」

「過去がどうでも、今浪人ということが大事なのだ。そのような者のところに無理やり嫁がされて、奈緒殿が幸せになろうはずがない」

「さて、それはどうですか」

 煙草を詰めた煙管を咥え、一服してから小槌屋は、少し思案顔になった。
 じ、と良太郎を見、ややあってから、ふ、と紫煙を吐き出す。

「……いいでしょう。あなた様宛てに、ご融資しましょう」

「本当か!」

 ぱ、と明るい顔になった良太郎を、かつん、という雁首を煙草盆に打ち付ける音が制した。

「ただし、担保はあなた様」

 つい、と煙管の雁首を突き付け、小槌屋は言葉を続ける。

「借金が返せないときは、奈緒様から去って頂きます」

「なっ……」

「このままでは奈緒様が黒坂様に嫁いだところで、あなた様の横槍が入りそうです。今後一切、奈緒様に近付かないこと。それが条件です」

 ぐ、と良太郎が押し黙る。
 が、キッと顔を上げると、真っ直ぐに小槌屋を見た。

「……借金を返せばいいのだろう」

「もちろん。こちらとしましても、お金が返ってくることが一番ですからね。無理難題を吹っかけて、何が何でも返そうと思ってくださらないと、こちらも困るのです」

 にこりと笑い、小槌屋は、ぱんぱん、と手を叩く。
 すぐに手代が、金を持って現れた。

「それではご健闘をお祈りしますよ」

 目の前に積まれた黄金の輝きを、良太郎は暗鬱たる思いで受け取った。
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