淡雪
そもそも何故こんなに黒坂のことが気になるのだろう。
奈緒には良太郎という、れっきとした許嫁がいる。
音羽との会話で黒坂のことは知れたが、それまでは単なる得体の知れない浪人でしかなかった。
何だか黒坂が絡むと、奈緒は自分が止められなくなる。
心に広がる黒い染みに支配されているように、普段では考えられない行動を取ってしまうのだ。
安宿で音羽と会ってから、奈緒は三味線の稽古にも行かずに、ぼぅっとしていた。
何をする気にもなれない。
「奈緒さん、ちょっと」
母親に呼ばれて居間に入ると、父親が難しい顔で座っている。
奈緒が前に座ると、左衛門は沈黙の後、口を開いた。
「出世なんだがな……危ういらしいのだ」
言いにくそうに切り出す。
そういえば、あくまで黒坂が奈緒を拒んだ場合はどうなるのだろう。
「だ、だが小槌屋が、そう無体なことをするとも思えぬ。聞けば、さるお方に嫁ぐことを条件にされたそうではないか。小槌屋の知り合いとなれば、そう悪いお人でもないのではないか?」
「どうでしょう。父上もご存じの、対談方ですが。でもその方には心に決めた方がおられるようですし、あくまでわたくしを拒んだ場合は、小槌屋さんはどうするつもりでしょう」
「あの浪人か。承服しかねるが、小槌屋の目は信頼している。彼が薦める相手だというなら、悪い人ではないだろう。良太郎殿には申し訳ないが……」
父の言い方だと、どうも昇進は無理のようだ。
いよいよ黒坂との婚儀が現実味を帯びてきた。
そう思うと同時に、また奈緒の心に黒い染みが広がっていく。
あの女を何とかしなければ。
奈緒には良太郎という、れっきとした許嫁がいる。
音羽との会話で黒坂のことは知れたが、それまでは単なる得体の知れない浪人でしかなかった。
何だか黒坂が絡むと、奈緒は自分が止められなくなる。
心に広がる黒い染みに支配されているように、普段では考えられない行動を取ってしまうのだ。
安宿で音羽と会ってから、奈緒は三味線の稽古にも行かずに、ぼぅっとしていた。
何をする気にもなれない。
「奈緒さん、ちょっと」
母親に呼ばれて居間に入ると、父親が難しい顔で座っている。
奈緒が前に座ると、左衛門は沈黙の後、口を開いた。
「出世なんだがな……危ういらしいのだ」
言いにくそうに切り出す。
そういえば、あくまで黒坂が奈緒を拒んだ場合はどうなるのだろう。
「だ、だが小槌屋が、そう無体なことをするとも思えぬ。聞けば、さるお方に嫁ぐことを条件にされたそうではないか。小槌屋の知り合いとなれば、そう悪いお人でもないのではないか?」
「どうでしょう。父上もご存じの、対談方ですが。でもその方には心に決めた方がおられるようですし、あくまでわたくしを拒んだ場合は、小槌屋さんはどうするつもりでしょう」
「あの浪人か。承服しかねるが、小槌屋の目は信頼している。彼が薦める相手だというなら、悪い人ではないだろう。良太郎殿には申し訳ないが……」
父の言い方だと、どうも昇進は無理のようだ。
いよいよ黒坂との婚儀が現実味を帯びてきた。
そう思うと同時に、また奈緒の心に黒い染みが広がっていく。
あの女を何とかしなければ。