淡雪
「私は金で出世の道を買うのは反対です。が、そんなことは甘っちょろい理想論ということも、頭の隅ではわかってます。出世の一番の近道は、金をばら撒いて上の者をいかに自分側につかせるか。これにつきます」
静かに語りながら、良太郎はゆっくりと歩いていく。
二人が歩いている道は、稲荷神社に続いている。
「しかし、まさか奈緒殿に累が及ぶとは」
前を向いたままの良太郎の拳が、ぎゅっと握り締められる。
「奈緒殿を救い出すどころか、ますます窮地に追いやってしまった」
心底悔しそうに言う良太郎を、奈緒は不思議なものを見るような目で見た。
何故良太郎が、こんなに苦しんでいるのだろう。
稲荷神社に足を踏み入れたところで、良太郎が振り向いた。
「申し訳ない。お父上の昇進が難航しているというのを聞いて、私個人でさらなる融資を小槌屋にお願いしたのです」
「えっ」
「その条件が、奈緒殿の前から消えること」
立ち尽くす奈緒の足元を、冷たい風が吹き抜けていく。
素足ではさぞ寒かろうな、と、奈緒の頭には全然関係ないことが浮かんだ。
「ですが、そのような条件、すんなり呑めるわけがない。私は何としてでも金を返すつもりです。ですから奈緒殿、浪人に嫁ぐのは、待って貰えませんか?」
「え?」
「奈緒殿が嫁いでしまえば、手出しできませぬ。ですが、それまでに金を返してしまえば、私が奈緒殿の前から消えることはありません」
「ですが、それでもわたくしが黒坂様に嫁ぐことには変わりないでしょう?」
奈緒が言うと、良太郎が眉を顰めた。
自然に黒坂の名が出たことに、違和感を覚えたようだ。
「あ、わたくしは初めに条件を出された折に、嫁ぐ方のお名前はお聞きしておりましたので」
「……そうですか」
一応納得したものの、疑わしそうな顔で、良太郎は奈緒を見ている。
見も知らない浪人、と言ったわりには、さほど嫌悪を抱いていなさそうな言い方に聞こえたのだろう。
「それに、こちらが嫁ぐ日を渋るわけにもいかないと思います。小槌屋さんがどのようなつもりで、此度の条件を出したのかわかりませぬが」
全ては小槌屋の胸三寸、といったところだ。
本気で奈緒を黒坂に沿わそうと思うのであれば、すぐにでも迎えが来るだろう。
静かに語りながら、良太郎はゆっくりと歩いていく。
二人が歩いている道は、稲荷神社に続いている。
「しかし、まさか奈緒殿に累が及ぶとは」
前を向いたままの良太郎の拳が、ぎゅっと握り締められる。
「奈緒殿を救い出すどころか、ますます窮地に追いやってしまった」
心底悔しそうに言う良太郎を、奈緒は不思議なものを見るような目で見た。
何故良太郎が、こんなに苦しんでいるのだろう。
稲荷神社に足を踏み入れたところで、良太郎が振り向いた。
「申し訳ない。お父上の昇進が難航しているというのを聞いて、私個人でさらなる融資を小槌屋にお願いしたのです」
「えっ」
「その条件が、奈緒殿の前から消えること」
立ち尽くす奈緒の足元を、冷たい風が吹き抜けていく。
素足ではさぞ寒かろうな、と、奈緒の頭には全然関係ないことが浮かんだ。
「ですが、そのような条件、すんなり呑めるわけがない。私は何としてでも金を返すつもりです。ですから奈緒殿、浪人に嫁ぐのは、待って貰えませんか?」
「え?」
「奈緒殿が嫁いでしまえば、手出しできませぬ。ですが、それまでに金を返してしまえば、私が奈緒殿の前から消えることはありません」
「ですが、それでもわたくしが黒坂様に嫁ぐことには変わりないでしょう?」
奈緒が言うと、良太郎が眉を顰めた。
自然に黒坂の名が出たことに、違和感を覚えたようだ。
「あ、わたくしは初めに条件を出された折に、嫁ぐ方のお名前はお聞きしておりましたので」
「……そうですか」
一応納得したものの、疑わしそうな顔で、良太郎は奈緒を見ている。
見も知らない浪人、と言ったわりには、さほど嫌悪を抱いていなさそうな言い方に聞こえたのだろう。
「それに、こちらが嫁ぐ日を渋るわけにもいかないと思います。小槌屋さんがどのようなつもりで、此度の条件を出したのかわかりませぬが」
全ては小槌屋の胸三寸、といったところだ。
本気で奈緒を黒坂に沿わそうと思うのであれば、すぐにでも迎えが来るだろう。