淡雪
第十章
大分暖かくなったとはいえ、日が差さない日や夕暮れは冷える。
稲荷神社の端、木々が生い茂る林の中で、黒坂は眼下に目をやっていた。
あと一刻ほどで宵闇が迫るだろう。
かさ、と背後で落ち葉が鳴った。
振り向くと、奈緒が立っている。
「この境内の、どの辺りに黒坂様がいらっしゃるか、大体わかるようになりました」
言いながら、奈緒は少し黒坂に近付いた。
以前奈緒が落ちそうになった、町を一望する崖の上だ。
「ここからだと、花街が見える」
前を向いたまま、黒坂が言った。
なるほど、そうだったのか、と、奈緒も眼下に目をやった。
まだ日があるので目立たないが、暗くなると妖しい光が一画を彩るのだろう。
「小槌屋が、あんたを迎える準備を着々と進めている」
ぽつんと黒坂が言った。
「……残念ながら、父の昇進は叶わなかったようですし」
奈緒も、前を向いたまま言った。
役職というのは、ほぼ世襲制だ。
何の縁戚関係もない者が、上の地位に上り詰めるのは難しい。
それこそ莫大な袖の下が必要なのだ。
「わたくしの覚悟はできているので、構わないです」
そう言って、奈緒は袂から何かを出した。
それを見た黒坂の目が見開かれる。
「これで、黒坂様の憂いが取り除ければいいのですけど」
薄く笑いながら、奈緒は手に持ったものを振って見せる。
艶やかな一房の黒髪が、ゆらゆら揺れた。
「そ、それは……」
黒髪は、見覚えのある組み紐で括られている。
確か、揚羽の髪を飾っていた。
稲荷神社の端、木々が生い茂る林の中で、黒坂は眼下に目をやっていた。
あと一刻ほどで宵闇が迫るだろう。
かさ、と背後で落ち葉が鳴った。
振り向くと、奈緒が立っている。
「この境内の、どの辺りに黒坂様がいらっしゃるか、大体わかるようになりました」
言いながら、奈緒は少し黒坂に近付いた。
以前奈緒が落ちそうになった、町を一望する崖の上だ。
「ここからだと、花街が見える」
前を向いたまま、黒坂が言った。
なるほど、そうだったのか、と、奈緒も眼下に目をやった。
まだ日があるので目立たないが、暗くなると妖しい光が一画を彩るのだろう。
「小槌屋が、あんたを迎える準備を着々と進めている」
ぽつんと黒坂が言った。
「……残念ながら、父の昇進は叶わなかったようですし」
奈緒も、前を向いたまま言った。
役職というのは、ほぼ世襲制だ。
何の縁戚関係もない者が、上の地位に上り詰めるのは難しい。
それこそ莫大な袖の下が必要なのだ。
「わたくしの覚悟はできているので、構わないです」
そう言って、奈緒は袂から何かを出した。
それを見た黒坂の目が見開かれる。
「これで、黒坂様の憂いが取り除ければいいのですけど」
薄く笑いながら、奈緒は手に持ったものを振って見せる。
艶やかな一房の黒髪が、ゆらゆら揺れた。
「そ、それは……」
黒髪は、見覚えのある組み紐で括られている。
確か、揚羽の髪を飾っていた。