淡雪
「ついては小槌屋、招き屋に揚がってくれないか」

 黒坂が、畳に手をついて言った。
 しばしその様子を窺い、小槌屋は顎を撫でる。

「それは、わしが花魁を買ってもいい、ということですかな」

 う、と黒坂の顔が強張る。
 そのわかりやすい反応に少し表情を和らげ、小槌屋は、ひら、と手を振った。

「何、冗談ですよ。そもそも花魁を買ったところで、初回は口を利くことすらできませぬ」

 花街の花魁ともなると、三回通ってようやく床入りを許されるのだ。

「しかし、口を利けなかったら話を聞くこともできねぇな」

 しかも周りには、新造や禿、幇間といった者がわらわらいるのだ。
 花魁と二人っきりで会うことなど、そうそう機会はない。

「正面から招き屋に揚がっても、花魁には会えないでしょう。花魁は呼び出しですからね。どうせなら、中で客を取る手近な女郎から話を聞きますか。中にいれば、揚羽のこともある程度わかるでしょう。いなくなったりしていたら、それこそ大騒ぎだ」

 そう言って、どこかいそいそと小槌屋は身支度を整える。

「今から行くのか」

「ええ。先ほど花魁の道中を見たのでしょう? だったら上手くいけば、帰ってきた花魁とどこぞで鉢合わせできるかもしれません。わしのことは知らなくても、『小槌屋』という名は知っているでしょう? 何とかお耳に入れるようにしますよ。黒坂様に繋がりのある者だ、とわかれば、花魁も何らかの手を打つはずです」

「そうか。頼む」

「此度のことは、わしも無関係ではありませぬ故。できる限りの協力は惜しみませぬ」

 神妙な顔でそう言ったかと思うと、次の瞬間にはどこか嬉しそうに、うきうきと離れを出ていった。
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