淡雪
 招き屋の格子の向こうには、何人かの遊女が座っている。
 格子から手を出して客を引く者、煙管を吹かしつつそっぽを向いている者、それぞれだ。

---さて、どの子にしますか---

 遊客に交じって、小槌屋は女子を物色した。
 できれば音羽と親しい者がいい。
 そうなると、あまり下位ではないだろう。

 小槌屋は張り見世の奥で退屈そうにしている女子に目を止めた。
 他の者とつるまず、客を引くでもない。
 一匹狼的な位置にいるようだ。

---変に関わりのある者よりも、こういう者のほうが、わだかまりなく何でも喋ることができるかもしれぬ---

 女の城には派閥があるものだ。
 己の属する派閥のことには詳しいが、他のこととなると悪意に満ちた想像でものを言う。

 張り見世ではどこの派閥かわからないし、だったらどこにも属していなさそうな女子のほうがいい。
 小槌屋は、揉み手をしながら近づいてきた幇間に、奥の女子を頼んで見世に揚がった。

「羽衣(はごろも)と申します」

 襖を開いて平伏し、女子が名乗る。
 豪華な膳を前に、小槌屋は笑みを浮かべて羽衣を手招いた。

「うむ、これはなかなか上玉ではないか。音羽花魁といい、ここは粒揃いじゃのぅ」

 笑いながら杯を出すと、羽衣が、つつ、と膝を進めて酌をする。

「そう言って頂けると嬉しおす。でもわっちは散茶ですから、花魁にはなれないんだす」

 妙な訛りが抜けていないのも散茶故か。
 小槌屋はそんなことには拘らず、羽衣にも杯を勧めた。

「花魁になると高いしのぅ。わしなど気軽に通えぬわ」

「でも、かの高尾太夫のように、しがない旦那が何年もかけて貯めた金を一回のために使われるっていうのにも憧れますよ」

「ほほ、そこまでされたら、金持ちでなくても間夫になれるものか」

「そうですね。案外そういう、情に脆いお人のほうが、花魁になれるのかも」

 小槌屋にしなだれかかりながら、羽衣が言う。
 音羽のことを言っているのか。
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