淡雪
「しかし花魁が情にほだされては、それこそ禿などに示しがつかないのではないか?」
「どうなんですかね。逆に、花魁になればある程度の自由があるって頑張るかもしれないよ?」
蓮っ葉な物言いになり、羽衣は立て続けに酒を煽る。
かなり酔ってきたようだ。
「ときに羽衣よ。音羽花魁の禿、どうかしたのか?」
いきなりな質問に、羽衣が小槌屋を見る。
「今日道中をしておっただろ? 花魁道中は花街の華じゃからな、わしも見物させて貰った。しかしいつもの禿がおらなんだ」
「……ああ、揚羽」
酔いもあり、深く考えることなく羽衣は頷いた。
「消えちまったんだよ」
「消えた?」
どうやら最悪の事態に陥ったようだ。
髪を切られただけではないらしい。
「ま、遊女がいなくなったわけじゃないから、さほど見世に影響はないんだけどね」
「しかしあれは音羽花魁の、一の禿だろう? それがいきなりいなくなったって、一体どういうこって」
「わかんないんだよ。今日買い物に出て、それっきり」
「足抜けじゃないのか」
「違うだろ。まだ十と少しの幼子だよ。一人で逃げて、どうするってんだい。それにあの子は、花魁に懐いてたしね。初めっから花魁になるために育てられてるんだから、わっちらよりも随分優遇されてんだよ」
それからはぐちぐちと、羽衣の愚痴が続いた。
呂律も怪しくなってきたし、このまま話しても、羽衣が知っていることで新たな情報はないだろう。
とにかく酔い潰してしまおうと、小槌屋は羽衣に酒を勧め、根気よく愚痴に付き合った。
一刻ほどして、下が騒がしくなったのを機に、小槌屋はそろりと座を立った。
丁度羽衣が寝息を立て始めたところだ。
起こさないよう、そろりと廊下に出ると、見世の者が玄関に集まっている。
どうやら花魁のお帰りだ。
しめた、と小槌屋は、そのまま階段を降りて行った。
「おやっ。小槌屋の旦那、もうお帰りで?」
幇間が金吾に気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「ああ。いや、相方が酔い潰れてしまったんでな」
「えっ。そりゃとんだ失礼を」
渋面で、金吾は土間に降りた。
音羽の姿はすでにないが、まだ近くにいるはずだ。
さっきの幇間の言葉も聞こえたかもしれないが、もう一度印象付けようと、金吾は声を張った。
「全く、小槌屋もなめられたものだな」
「どうなんですかね。逆に、花魁になればある程度の自由があるって頑張るかもしれないよ?」
蓮っ葉な物言いになり、羽衣は立て続けに酒を煽る。
かなり酔ってきたようだ。
「ときに羽衣よ。音羽花魁の禿、どうかしたのか?」
いきなりな質問に、羽衣が小槌屋を見る。
「今日道中をしておっただろ? 花魁道中は花街の華じゃからな、わしも見物させて貰った。しかしいつもの禿がおらなんだ」
「……ああ、揚羽」
酔いもあり、深く考えることなく羽衣は頷いた。
「消えちまったんだよ」
「消えた?」
どうやら最悪の事態に陥ったようだ。
髪を切られただけではないらしい。
「ま、遊女がいなくなったわけじゃないから、さほど見世に影響はないんだけどね」
「しかしあれは音羽花魁の、一の禿だろう? それがいきなりいなくなったって、一体どういうこって」
「わかんないんだよ。今日買い物に出て、それっきり」
「足抜けじゃないのか」
「違うだろ。まだ十と少しの幼子だよ。一人で逃げて、どうするってんだい。それにあの子は、花魁に懐いてたしね。初めっから花魁になるために育てられてるんだから、わっちらよりも随分優遇されてんだよ」
それからはぐちぐちと、羽衣の愚痴が続いた。
呂律も怪しくなってきたし、このまま話しても、羽衣が知っていることで新たな情報はないだろう。
とにかく酔い潰してしまおうと、小槌屋は羽衣に酒を勧め、根気よく愚痴に付き合った。
一刻ほどして、下が騒がしくなったのを機に、小槌屋はそろりと座を立った。
丁度羽衣が寝息を立て始めたところだ。
起こさないよう、そろりと廊下に出ると、見世の者が玄関に集まっている。
どうやら花魁のお帰りだ。
しめた、と小槌屋は、そのまま階段を降りて行った。
「おやっ。小槌屋の旦那、もうお帰りで?」
幇間が金吾に気付き、慌てて駆け寄ってきた。
「ああ。いや、相方が酔い潰れてしまったんでな」
「えっ。そりゃとんだ失礼を」
渋面で、金吾は土間に降りた。
音羽の姿はすでにないが、まだ近くにいるはずだ。
さっきの幇間の言葉も聞こえたかもしれないが、もう一度印象付けようと、金吾は声を張った。
「全く、小槌屋もなめられたものだな」