淡雪
「そなたは奈緒殿を苦界に沈める気か?」

「いいえ、手前は女衒じゃありませんので。然るべきお方に嫁いで頂こうと考えておりますが」

「然るべき?」

「あ、いえ。伊田様からすれば、町人と変わらぬお人ではありますがね。一応侍ですよ」

「浪人か」

 うーむ、と考え、伊田は杯を置くと、重いため息をついた。

「実は、良太郎の様子がおかしいのだ。必死で金策に駆けずり回っておる。そのためだな」

「良太郎様が?」

「息子の借財の整理は、わしがしよう。だがそれだけでは駄目だと言って、憑かれたようになりおって。あれではいつか辻斬りでもやりかねんと案じておるのだ」

 うむむ、と小槌屋は眉根を寄せた。
 全くお堅い武家というのは始末が悪い。

「……まぁ、そこまで必死になってくださっているなら、こちらも奈緒殿を担保にした甲斐があるってなもんですが」

「おぬしは別に、奈緒殿に拘りはないわけか」

「ええ。まぁ奈緒殿の覚悟を試した、といいますか。こちらとしましても、あれ以上の融資は相応の覚悟を見せて貰わないとできかねます」

「もっともだな」

 頷き、伊田は袂から出した袱紗を、ずい、と小槌屋の膝先に押した。

「息子の分だ。これで、うちの借財はチャラになったな?」

 袱紗を開き、中を確かめてから、小槌屋はにこりを顔を上げた。

「よぅございます。ではこれで、良太郎様の借財はなし、と」

 頷き、小槌屋は金をしまった。

「しかし、これで良太郎様の憂いがなくなったわけではありませぬ。初めにも申し上げましたが、今日お呼びしましたのは、奈緒様のほうについてのご相談なのです」

「うむ。しかし小槌屋が、何故そこまで良太郎のことを気にするのだ? 良太郎の金は回収できた。奈緒殿をどうするも、奈緒殿の金が回収できなければ仕方ないことではないか。それによって良太郎が苦しむにしても、おぬしには関係なかろう」

 伊田が訝しげな目を小槌屋に向ける。
 先ほど小槌屋は、奈緒に拘りはないと言った。
 奈緒のために動いているわけではないのだ。

 とすると、良太郎との仲だって、壊れようが知ったことではないだろう。
 良太郎については、借金がなくなった今、小槌屋にとっては最早何の関係もないはずだ。
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