淡雪
---けど、ここに音羽がいるってだけで、張り込みも苦にならねぇってなもんだ---

 己の素足を見ながら思う。
 黒坂が素足で通すのは、少しでも音羽を感じるためだ。
 奈緒に言ったこともあながち冗談ではない。
 ただ単に、下駄の場合、素足のほうが有事の際に滑らない、という理由もあるが。

 そんなことを考えていると、かた、と小さな音と共に、見世の裏口が開いた。
 風呂敷包みを下げて出てきたのは五平だ。
 すぐに黒坂は駆け寄った。

「これは、黒坂様」

 小声で言い、ちら、と周りに目を配ると、こちらへ、と黒坂を促した。
 何となく空気を察し、少し離れて黒坂がついていくと、五平は大門を通って川べりに出た。

 そこで小舟に乗り込む。
 黒坂が乗ると、五平は竿を握り、器用に操って舟を出した。

「あっしは若い頃は船頭だったんでさ」

「なるほど。そいつは都合がいい」

 舟に乗ってしまえば、誰かに話を聞かれることもないし、尾行も容易ではないだろう。

「舟雅へも、あっしがお送りしてたんですよ」

「そうだったのか」

 川の中ほどで、五平は竿を置いた。

「ここでなら、誰に聞かれる心配もございません。わざわざ黒坂様自ら来られたということは、何か掴まれたのですか?」

「いや……。あの日の、揚羽の用事を聞こうと思ってな」

 そう言って、今日は稲荷神社を調べてみた、と言い添えた。

「あっしも買い物がてら、聞き込んでみようと思ってたんですよ」

 五平が言うには、頼まれる買い物は大体同じようなものだという。
 それぞれに見世の御用達があり、そこで聞けば揚羽が来たかどうかぐらいはわかるはずだ。

「紅や白粉の類、あとは菓子や煙草。稲荷神社に寄るのは、最後の煙草を買う前ですから、煙草屋に聞けば、揚羽がどこでいなくなったかがわかるのでは」
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