淡雪
「奈緒、しっかりしろ! お前はそんな奴じゃないはずだ!」

 黒坂が叫ぶと、ぎろ、と奈緒の目が動いた。

「そんな奴じゃない? そういうってどういうことです? 嫉妬などしない大人しい女子だと思ってました?」

 ずい、と奈緒が歩を進め、黒坂との間合いを詰める。
 黒目が闇のようだ。

「確かにわたくしも、ちょっと意外でした。自分がこんなに、感情に突き動かされる人間だとは思ってなかったので。まるで自分でないみたいです」

 ふふふ、と笑う。
 自分で言う通り、目の前の奈緒は初めに会ったときとはまるで違う。
 まるで男慣れしていない、世間知らずの箱入り娘といった感じだったのに。

「あんたはもっと、理性的で色恋なんかに流されるような奴じゃないと思ってたがな」

 固い武家娘で、常に己を律していそうだった。

「そういう奴が一度崩れると、こうも変わるものなのか」

 ため息交じりに言うと、奈緒は、キッと黒坂を睨みつけた。

「誰のせいだとお思いなのです! わたくしをこうも変えたのは、他でもないあなたではないですか!」

「俺が何をした! 初めから、俺には音羽がいた。あんたとの縁組みだって、小槌屋が勝手に言い出したことだ。俺にはあんたが何でそこまで俺に拘るのかがわからん」

「恋とは、そういうものでしょう」

 つ、と黒坂に身体を寄せて、奈緒が言う。
 が、黒坂は、ふんと鼻を鳴らした。

「恋? 違うな。お前のそれは執着だよ。花街一の花魁から間夫を奪うってことに、魅力を感じてるんだろう。そんなこと、やろうと思ってできねぇしな」

「何故そう思うのです」

「お前が俺個人よりも、音羽に対して躍起になっているからだ。……禿を襲うところといい、常軌を逸してる」

 きゅ、と奈緒が唇を噛んだ。
 少し、先までの雰囲気が和らいだ。
 それを敏感に嗅ぎ取り、黒坂は少し腰を落として、奈緒と目線を合わせた。
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