淡雪
---まさか……---

 ゆっくりと、黒坂は足を進めた。
 しめ縄の手前まで進み、奥を見る。

 禁足地の中は、さらに木々が生い茂り、夜のように暗い。
 人が入らないので、地面も蔦が埋め尽くしている。
 さすがにここに足を踏み入れるのは勇気がいる。

「揚羽!」

 しめ縄に沿って歩きながら、奥に向かって叫びかけてみた。

「揚羽! いるのか?」

 何だか声が、するっと闇に吸い込まれていくような気がする。
 どうしたもんかと思っていた黒坂の目が、しめ縄の一部分に留まった。

 しめ縄を支えている支柱は全て腰ぐらいの高さだ。
 他の支柱の上には枯れ葉などが積もっているが、その一つの支柱だけ、上部に何も乗っていない。
 単に風で落ちただけかもしれないが。

 躊躇った後、黒坂はその支柱に手をかけ、しめ縄を超えた。
 支柱に手をかければ、女子であってもしめ縄を超えることも可能だろう。
 袴の黒坂よりは大変かもしれないが。

 一旦超えてしまえば、肝も据わる。
 そのまま黒坂は、禁足地の奥へと進んでいった。

---監禁場所に禁足地を選ぶとは、考えたもんだ---

 どんな悪たれだって、神社の禁足地には、おいそれと足は踏み入れない。
 広いし、子供が少々叫んだところで本殿までは聞こえないだろう。
 ご神体を納める祠などがあるかもしれないし、子供一人ぐらい閉じ込められる場所はあるだろう。

「揚羽! どこにいる!」

 辺りを見回しながら、黒坂は再び声を上げた。
 下のほうで叫んだときと違い、声はやけに響いたように感じる。
 と、僅かに空気が動いたのを感じた。

「揚羽! どこだ!」

 一際大きく叫び、耳を澄ます。
 集中すると、どん、と僅かに板を蹴るような音が聞こえた。
 暗いせいで見通しが利かないが、僅かな音を頼りに奥に進む。

 やがてご神木のような大きな樫の木に隠れるように、小さな祠が姿を現した。
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