淡雪
「ここか!」

 僅かな階を駆け上ると、古びた小さな祠には似つかわしくない、大きな横木が扉を塞いでいる。

「黒坂様……」

 中から、か細い声が聞こえた。

「無事か!」

 ほ、と息をつき、黒坂は横木を押しやり、扉を開いた。
 そろそろ日も落ちる頃だ。
 昼でも暗い森の中は、最早夜も同然だが、祠の中は小さな灯がともっている。
 そして後ろ手に縛られた少女が、奥の柱に縛り付けられていた。

「揚羽! 大丈夫か」

 抜いた刀で揚羽を拘束している縄を斬る。
 へた、と倒れ込んだ揚羽を支え、黒坂は彼女を覗き込んだ。

 やつれてはいるが、酷い怪我をしている風はない。
 ふらふらなほど弱ってもいないようだ。
 ただ髪の毛は、無残に切り刻まれていた。

「う……うわぁーん!」

 安堵した途端、揚羽は黒坂に抱きついて泣き出した。

「よかった、無事で。どっか怪我してねぇか?」

 泣きじゃくる揚羽の背をぽんぽんと叩きながら黒坂が言うと、揚羽はふるふると首を振った。
 最悪の事態にはなってなかった。
 それだけでもよかった。

 揚羽が落ち着くまで、黒坂は周りを見回した。
 特に何があるわけでもないが、一番奥に祭壇があり、そこに蝋燭がともっている。

「あの灯は?」

 黒坂が聞くと、揚羽は拳で涙を拭いながら、少しだけ顔を上げた。

「わちきをここに閉じ込めた人が、毎日つけていく」

「神社の者じゃないよな?」

「違う。女の人。一度見世に来たことある」

 やはり奈緒か、と黒坂は視線を落とした。
 とにかく揚羽を連れ出さねば。

 黒坂は立ち上がると、奥の祭壇に近付いた。
 手頃な木切れを見つけ、蝋燭をそこに移す。

「よし、おぶされ」

 揚羽を背に負ぶい、灯りを持って、黒坂は祠を出た。
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