淡雪
「何とまぁ、お可哀想に」

 小槌屋の離れに入るなり、金吾が顔をしかめる。
 ざんばら髪で薄汚れた揚羽を、活気付いたばかりの頃合いの花街へ帰すわけにもいかず、黒坂はとりあえず、自分のところに連れ帰った。

 金吾に頼んで揚羽を湯に入れている間に、小槌屋の下女が飯を作ってくれた。
 監禁されている間、何も与えられなかったわけではなかったが、十分ではなかったようで、揚羽は普通に出された飯を平らげた。

「けど怪我もなくて案外元気そうだし、安心したぜ」

 最後に味噌汁を飲み干し、揚羽はようやく箸を置いた。
 湯に入って汚れをすっかり落としたので、元の日本人形のような美しさは戻っているが、如何せん顔の周りの髪の毛がずたずただ。

「これじゃ当分見世にゃ出られねぇなぁ」

 禿なので、直接客の相手をすることはないが、花魁について道中などを行ったり、常に花魁の傍にいなければならない。
 それが一切できなくなると、一の禿の地位も危ういだろう。

「で、この子を閉じ込めたのは、やはりお嬢様で?」

 小槌屋の問いに、黒坂が頷いた。

「神社で会ったときに、握り飯を持っていた。揚羽への差し入れだろう」

「おっかねぇお嬢様だ」

 ため息と共に、小槌屋も片手で頭を押さえた。

「あのお姉さん、前に見世に来たときに、花魁に旦那様のこと聞いてました。その後にも一度、会ったことあります」

「何だって? 神社でか?」

 奈緒もよく稲荷神社に行っていた。
 だとしたら、会ったとしてもおかしくないかもしれないが。
 だが揚羽は首を振った。

「大門のところで。旦那様からの言伝を持ってきたって。花魁に、すぐに舟雅に来るよう伝えるように言われました」

「舟雅? いつだ? それ」

「ひと月ほど前……でしょうか」

 前の逢瀬はいつだったか。
 そもそも奈緒にそんな伝言を頼んだことはない。
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