バツをキミに
バツをキミに
――できた……っ!


速水円(はやみ まどか)は、大きく息を吐くと、パソコン画面上で印刷のボタンを押した。

後は、この原稿を課長の明地(あけち)に見てもらえばいい。

その明地は……と振り返れば、彼は複数の女性社員に囲まれていた。


「明地課長、バレンタインです。いつもお世話になってます」
「日頃のお礼ですから、受け取ってください」


仕事上お世話になっているからと言っているが、何割かは本気だろう。


――そう思ってしまうのは、自分がそうだから。


思わずじっと見てしまうと、そのうちの一人に気づかれた。


「速水さんも、今渡したら?」


親切で言ってくれたのは、分かっている。
義理チョコなら、みんなと一緒のタイミングで渡せばいい。
その方が、課長の時間も取らないし、悪目立ちしなくて済む。


――だけど。


「えっと……」


どう誤魔化そうか。

いっそ、今渡してしまおうか。

チョコレート売場でさんざん迷った末に決心して、課長にだけ値の張るチョコを買ったというのに、いざとなるとまた迷う。

集まり始めたみんなの視線に負けて、円が立ち上がろうとしたとき、明地と目が合った。


「速水は、それどころじゃないだろ。終わったか?」
「あ……はいっ!」
「終わったんなら、さっさと持って来いって、いつも言ってるだろうが」


にこやかにチョコを受け取っていた明地の顔が、途端に険しくなる。


「今! 今できたんです!」
「だったら、遠慮しないで、すぐに声かけろ。会議室で見てやる」
「はいっ!」


慌ててプリンタへ走って、印刷物を取り出す。

もう一度、自分のデスクに戻って、ペンケースとノートとパソコンを持って……。

それから、こっそりチョコレートも持ち出した。






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