バツをキミに

いつも原稿を見るのは明地のデスクなのに、会議室に連れ出してくれたのは、今日は人が多いからだろう。
バレンタインのせいか、他部署の人の出入りも多い。

大勢の人の前で怒鳴られるのは可哀想だから……。

そう思われるくらい、円はいつも明地に叱られている。
明地が円を会議室に誘っても、不思議に思う人はいなかった。


円の担当は、メールマガジンの原稿を書くこと。
レディース用のアパレルブランドを担当して、１ヶ月。
円の原稿が、一度で通ることはなかった。


「男子ウケ確実！」と書けば、「煽るな」と。
「5kg痩せて見える！」と書けば、「盛るな」と。
堅実に書こうとすれば、ただの説明書きだと言われ、買ってもらおうとすれば、押し売りするなと怒られた。


明地の指摘は、いちいち正しくて、反抗する気も起きないが、渾身の原稿に真っ赤なペンで×ばかり書かれるのは、毎回かなり落ち込む時間だ。
それも、憧れている人になら、なおさら。


明地は、以前はカタログ販売しかしていなかったこの会社にネットマーケティングを導入し、売上を一気に伸ばしたスター社員だった。
古い慣例が多く残る会社で、反発を多く受けながらも、着実に実績を積み上げ、今では上層部からの信頼も厚い。


信念の人だと思った。


自分だって、ネットマーケティングなんかしたこともなかったのに、自主的に勉強して、会社に提案し続けて、仕事にしていったと言う。

言われた仕事をこなすだけでも精一杯だった円は、そんな明地に憧れて、明地のいる部署を志望して。
念願かなって、明地の部下になって。
間近で仕事ぶりを見て、益々憧れを強くした。


強引に見える采配の裏には、緻密な計算があって。
上にはガンガン物を言うくせに、部下のことは誰よりも守ってくれて。
指導は厳しいけれど、普段はよく笑う。


――ついていきたい。近づきたい。


そう思わせてくれる人に、男性としても惹かれていくのに、時間はかからなかった。