秘密の会議は土曜日に
「だぅっ……!」


宗一郎さんという人は、朝っぱらから何てことを言うんだろう。仕事の指示みたいに言ってるけど「ハイ、そうですか」と答えられる内容じゃない。


「そういえば、今朝はまだだった。」


そっと後頭部に手が添えられたので、必死で押し返す。


「ここは店内ですから!それにこの後、私が仕事にならなくなりますから!!」


「む」と拗ねた様子の宗一郎さんは、軽くおでこに唇をつけると「先に行ってる」と伝票を持って席を立った。


さっき話し合いで、出勤時間を10分ずらすのを承諾してもらったのだ。「同じ会社に出勤するのにどうして別に?」と、まるで無自覚な宗一郎さんを説得するのは大変だった。


「宗一郎さんってあんなヒトだったっけ……」


昨日からずっとこんな調子で、これではまるで甘えモードのりっくんみたい。まだぼんやりしてる頭でオフィスに着くと、久しぶりにキューちゃんのおしゃべりが聞こえてきた。


「タッカヤナギサン!

ヤラレル!カコイ!」


「囲い?」


キューちゃんは新たな言葉を覚えたらしい。


「カコイ!」


オフィスビルのエントランスでは、華やかなお姉さんのグループがきゃっきゃと楽しげな声をあげていた。


「……もう高柳さんてホントに格好いいのー!視線だけでやられるって。仕事でミスして呆れたときの顔もそれはそれで素敵なんだー。」


「タッカヤナギサン!ヤラレル!」


「まさかその顔が見たくてわざとミスしたり?」


「流石にそれだけが理由じゃないけどさ。優しいし紳士だし、ついでにお金持ってそうだし。あぁ格好いいマジ付き合いたい。」


「カコイ!」


キューちゃんが「タッカヤナギサン」と言えるようになった原因が分かってしまった!秘書の永田さんだ。

「カコイ」は「格好いい」、「ヤラレル」と言ってるのは粛正に怯える悲鳴ではなくて、悩殺の意味だったとは……


驚くと同時に胃がムカムカとしてくる。私ったらなんて心が狭いんだろう。永田さんが宗一郎さんを好きなことは前から知っていたのに。


あんなに綺麗で


仕事ではいつも一緒で


秘書として、宗一郎さんの支えになれる存在で


「自分の醜さが嫌になる……」


容姿だけの問題じゃない。永田さんへの配慮に欠けるこの感情。恋愛の甘さは、同じくらいの黒い気持ちを連れて帳尻を合わせてるみたい。
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