秘密の会議は土曜日に
いまここで「にーよんさんろくご」を聞くと思わなかった。いつもは聞くだけで恐ろしいのに、結婚の定義として宗一郎さんに言われると違う言葉みたいに聞こえる。


「理緒には仕事で使う用語の方が腑に落ちるんじゃないかと思って」


「……はい、分かりやすかったです。」


「薬指に指輪を付けてもらって、法律上も夫婦になって……そうすれば、今より少しは安心できるかな。」


「今は安心できませんか?」


「滅茶苦茶、不安だよ。理緒に関してはいつも。」


ぎゅーっと抱き締められて、普段は聞けない弱音を聞いた。掠れた声は胸に火を灯すような熱を残す。


「大丈夫です。私は体が丈夫なのだけか取り柄ですから。宗一郎さんのためにしっかり仕事して、お帰りを待っております。」


安心してもらおうとしたら「違うって」と笑われる。


「仕事はほどほどにしなよ。あと5分で出発だけど、こんなに仕事したくない気分なのは久しぶりだな。」


その5分の間ずっと腕の中にくるまっていた。キスをしたり髪を撫でて貰って、あっという間に5分間は過ぎていく。


「着いたら連絡するよ」


「あの、空港までお見送りしますっ!」


少しでも一緒に居たい。


……それにマムシドリンクの件もどうにかして伝えておきたいのに、結局言えず終いになってる。


「いや、迎えが来るから大丈夫なんだ。」


「え!?」


「こういう気遣いは要らないと言ってるんだけど、永田さんが変に気を利かせるんだよな。」


スーツケースを持って、宗一郎さんが玄関を出ていこうとしてる。待って、行かないで……。


でも、宗一郎さんはおでこにキスをするとすぐに出発してしまい、何も言えないままパタンとドアが閉まる音が響いた。


「あ……」


主のいなくなった部屋は、急に大きすぎる静かな空間に変わってしまった。
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