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3.
そのときのことを私はよく覚えていない。

キィンと音がした。
電子音。

(ギターの音だ)

翔太サンの音だ。と寝ぼけたまま思う。
そろそろ起きなきゃ。
あたたかい布団の中でうっすら目を開く。
窓ガラスに背を預けてギターを弾いている翔太サンが視界に入った。
相変わらず、きれいな音だなあと思う。
キラキラこぼれ落ちていくギターの音。
翔太サンの痛んだ金髪が太陽の光に透けて、淡く光っているように見えた。

「おはよう」

私に気づいて翔太サンは微笑んだ。

「おはようございます」

喉がカラカラに渇いていて、声が少しおかしい。
翔太サンは既にちゃっかり着替えていて、今にも学校に行けそうな格好をしていた。

「あの、今何時ですか?」

「8時半」

え。

「ウソ。7時」

きっと翔太サンを睨む。
どちらにしてもそろそろ起きなきゃ、と思ってハタと我に返る。
そういえば、服はどこだろう。
裸だったことを思い出し、早く起きればよかったと後悔した。
このままベッドを出るのは気恥ずかしい。

「翔太サン、服どこですか?」

翔太サンは苦笑して、ベッドの脇を指す。
壁側にいた私はもぞもぞと布団の中を動いてベッドのすぐ脇の床を見ると、きのう着ていた服一式がちゃんと畳んであった。
こんなところにあったのか。
死角だった。
翔太サンはまだ笑っている。
私の逡巡なんて見抜いて面白がっていたんだろう。

「はじめから親切に教えて下さい」

翔太サンは「はいはい」となおざりな返事をして、立ち上がった。

「着替えたら居間においで」

そう言って翔太サンは部屋からいなくなった。
気を遣ってくれたのかもしれない。
待たせるのも悪いと思って少し焦りながら着替えを済ます。

リビングに行って、一度断って洗面所を借り、手早く顔を洗う。
用意されたふかふかのタオルで顔をふいて、ふと鏡の中の自分を見た。

何の変哲もない、いつもの自分の顔。

何か変わっていることを期待していたけれど、違うのは毎朝映る鏡くらいだ。
変わらない、自分。

―――ほんとに?

「ユカちゃーん、コーヒー入ったよー」

リビングから声がして、私は慌てて洗面所を出た。
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