with
「佑香、俺は行ってくるけど」

私の部屋の入り口に立って、ケン兄が言った。
ケン兄は制服の上にコートを羽織っている。

「本当にいいんだな?」

私は頷く。ケン兄とは対照的に、部屋着のままで。
じゃあ行ってくる、とケン兄はドアを閉めて去った。

今日は翔太サンのお葬式だ。
おととい、翔太サンの遺体が検死から戻ってきたらしい。
お葬式の日取りが決まった、とケン兄から聞いた時、私は「行かない」と答えた。
ケン兄は訝しんだ。
当然だろう。

『最後なんだぞ』

ケン兄はそうも言った。
少し、怒ったような口調で。
でも私は「行かない」と言い張った。
長い沈黙の後、ケン兄はあきらめ顔で、「わかった」と頷いた。
「気が変わったら一緒に行こう」とも。

最後だと、わかっている。

“最後”

そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
最後って、何。

翔太サンが死んだと知ってから、私は泣いていなかった。
涙が出てこない。
薄情だな、と思う。
でも、涙は出てこない。
ひどく苦しい気持ちになるから、いっそのこと泣いてしまいたいくらいなのに。

最後って、何。

お葬式で、棺桶に入っている姿を、息をしていない、あたたかみのない翔太サンを想像するとこわかった。
お葬式の、たくさん人が参列している中、私はどんな顔で焼香して、どんな顔で白装束を身につけた翔太サンと対面するんだろう。
それで、死者の手向けとして白い菊の花を添える。

吐き気がする。

お葬式の中で、私は自分を見失いそうだった。
私は翔太サンの何だったんだろう。
みどりさんに会って、どんな顔をすればいいんだろう。
友人の妹。
きっと、そうだ。
私は号泣するかもしれない。まったく泣かないのかもしれない。
どちらもその場にそぐわないような気がした。

本当はでもそんなことではなくて。
目を閉じる。

こわい。

翔太サン、ねえ。
死ぬって、どういうこと?
< 67 / 75 >

この作品をシェア

pagetop