キライ、じゃないよ。
アパートに帰って、部屋の明かりをつけた途端、身体の力が抜けた。

へたりとしゃがみ込む。

何が起こっているのか、何が起こったのか、全然分からなかった。

覚えているのは、田淵さんの家でコーヒーを飲んで、急に眠気に襲われて……。

どうして、私達だけ彼女らと別の部屋で寝ていたのだろう?

しかもあんな格好で。

寝返りを打って、見えた顔は八田くんだった。

毛布から出ていた上半身は何も身につけていなくて、自分の服をかき集めた時、彼の物も目にした気がする。

まさか、と思う。

でも、全く記憶がない。

何か、あったのかどうかも……だけど、心の底から嫌だと、嘘だと思った。

どうして?

なんでこんなことに……。

気付けば頬を涙が伝って膝に落ちて行くのが視界に映った。


「や、だ……」


掠れていたけれど声が出た。

その言葉が鍵だったかのように、次から次へと声が零れ落ちた。


「やだ、やだ、やだ、やだ……やだよ……か、し……」


樫の名前が溢れ落ちて、そしたらもっと怖くなって、身体が震えだした。

ギュッと自らを抱きしめて、震えを止めようとするのに止まらない。

樫の名前を口にした途端、樫のことばかり浮かんできた。

焼肉屋で樫に連れ出された後のこと、告白に近い言葉をもらったこと。

幸せな気持ちで満たされていたこと。

それを思い出してもっと苦しくなった。


「樫、樫、樫……っ、たす、けて……っ」


狂ったように樫の名前を呼び続けて、まるで子供みたいに泣きじゃくった。




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