キライ、じゃないよ。
「私、ちょっとトイレに行ってこ」
向かい合わせで座っていた香が腰を上げた。
「行ってら……香?」
トイレに行くと立った筈の香が動かないのに気付いて顔を上げた。
え?
目の前でゆっくり崩れ落ちる香を見て、体が勝手に動いた。
香を腕だけで支えようとして、バランスを崩し一緒に通路に倒れこんでしまう。
派手な音に近くにいた店員が駆け寄って来た。
「香?香!聞こえる?」
声を上げて彼女の頬を叩く。
「お客様、どうされましたっ?」
「急に気を失って……すみません、どこか横にさせたいんですけど」
私の言葉に店員が近くにあるソファを指差し、他の従業員を呼んで香をソファまで運んでくれた。
彼女の手首の脈を取り、同時に胸郭の上下を確認した。
しっかりと触れる脈と、安定した呼吸にホッと安堵の息が漏れる。
「香、香、聞こえる?」
声をかけると、両側の瞼が小さく震えてゆっくりと瞼が開く。
どこか焦点の合わない様子だった瞳孔も、徐々にしっかりと定まって来た。
「あ……、護?私……」
声はかすれてはいたけれど、発語はスムーズだし、握りしめた私の手を握り返すこともできている。
「香、分かる?」
「あー、う、ん。私、急に目の前が暗くなって……」
「貧血、起こしたみたいね」
「ん……そうかも」
徐々に意識がしっかりしてくるのが会話の様子で分かる。