キライ、じゃないよ。
「樫!山近くん!」
タクシーを店の前で降りると、直ぐに護が俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
「皐月、香は?」
駆け寄って来た護に、不機嫌な山近の声がかけられる。
あからさまな態度に護がほんの少し躊躇うのが見えた。
僅かに視線を彷徨わせた後、護は店の駐車場を指差す。
「私の車で横になってる。ね、山近くん。心配なのは分かるけど、香の話ちゃんと聞いてあげて。怒ったり声を荒げたりしないって約束してくれないと……困る」
理由を問い詰めたい山近の気持ちは分かる。
だけど護がこうも慎重になるのは、幸島に何かあるのかもしれない。
俺は山近の背中をトンと叩いた。
「……分かった。約束するから、香の隣に乗ってもいいだろ?」
「それなら……」
「じゃあ、俺は幸島の車に乗って、幸島のアパートに行けばいいな?」
「お願い。これ、香の車の鍵」
護から鍵を受け取り、その瞬間に触れた護の手の冷たさに、思わずその手を握りしめていた。
「ずっと外で待ってたのか?」
「え?あ、ううん。そんなには……」
言いながら手を引こうとする護の手を、さらに強く握る。
「……悪い、じゃあまた後でな」
視線まで逃げて行く護に寂しく思いながら、ゆっくり手を離した。
「か、樫。来てくれて、ありがとう」
「……いいよ」
まだまだ話したいことは沢山ある。
だけど今は幸島のことを優先しよう。
隣で急かすような山近の視線も、地味に痛いことだしな。