キライ、じゃないよ。
「皐月……で良かった?」

「え?あ、うん。皐月です」


首を傾げた時サラサラと額に溢れた黒髪と、随分と上にある樫の目線。

久しぶりに会った、だけど昔とは違う大人になった樫を見つめていたらそんな風に確認されてほんの少し落ち込んだ。私はすぐに樫だって分かったけれど、樫はそうじゃなかったんだって。


「……そか。皐月のままなんだな」


だから、樫が次に放った言葉は聞き取れず、直後には目的の階に着いて、私達はお互いに譲り合って、結局は私が先に降りた。

レディーファーストの様を取るその姿まで、カッコいいと思ってしまって、脈1割り増しに早くなった。


「まも……いや、皐月って今は?」


護、と呼んでくれようとしたのだと思って、少し照れくさいのと懐かしい気持ちが織り混ざって、顔まで紅潮してきた。

樫の言葉や態度一つ一つに反応していたらこれからまともでいられる自信がないのに。


「市内の総合病院に勤めてる。ほら、市立図書館ができた公園の前の……」

「え、そうなんだ?俺2年前あそこの整形で手術したんだ」

「手術?」

「仕事で左腕の骨折っちゃって。まぁ、一泊入院だったけどね」

「大変だったね。仕事で骨が折れるって……肉体労働的な仕事なの?」

「いや、全然飲料メーカーの営業。自販機の設置に立ち会った時に運悪くな」


有名な飲料メーカーの名前をあげて、その支店が駅二つ向こうにあることも教えてくれた。




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