キライ、じゃないよ。
樫は一体何を考えているんだろう。

どうしてそんなことを聞くんだろう?

疑問符が頭の中を占めていく。


「……護は、今でも俺のことがキライ?」


苦しそうな呟きは、右の鼓膜を震わせその言葉の意味を緩やかに脳へと伝える。

さっきから私に向けてきた樫の言葉に、1つも答えられていないことに気付く。

でも、答えようがない。

私が本心を答えたら、樫はきっと困る。

きっと迷惑だと思うだろう。

どうして答えに困る問いばかり投げかけてくるのか。

本心をぶつけて困らせてやりたいとも、思う。

ずっとずっと、高校の頃からずっと樫が好きだったのだと。

あの時、樫が自分のことを対象外だと言ったあの時、私がどれほど傷ついたか分かるかと。

結局言葉にできずひたすら黙り込む私に、樫はどう思ったのか、体を包み込む樫の腕の力が緩んで耳元に小さな溜息が落ちた。


「ごめん。こんなことして迷惑だったよな」


男性から抱き締められるということに慣れていない私は、多分相手が樫ということも合わさって、緊張でガチガチだった。

私が迷惑だと思っていると感じたのはきっと、こんなシチュエーションにうまく甘えることすらできない頑なな私の態度のせいだ。

けれど樫の腕の力が解けて彼の熱から解放されると、途端に寂しくて心許無く感じた。

咄嗟に振り返って、樫の腕を掴み彼を見上げる。
キライ、じゃないよ。

樫の事が好きで好きでどうしようもない。

樫は……私のことをどう思ってるの?

素直に声を出せればいいのに、唇を僅かに開いても、言葉として紡がれることはなかった。

喉の奥が貼りついたようになって、苦しくて声が出ない。

溢れたのは吐息だけ。

白い息となって樫と私の間でゆっくりと溶けていく。



< 70 / 194 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop