キライ、じゃないよ。
樫の腕を掴み、彼を見上げて、けれど一言も喋らない私をどう思ったのか、見上げる先にある樫の眉根が寄った。

困ったような表情に見える。

困る、よね。

何も答えず彼をこんな風に引き止めて、私だって困ってる。

どうしたらいいのか分からなくて。


「……ふ。女って怖いな。そんな目でじっと見つめられたら、脆い男の理性なんて、あっという間に崩壊するよ」


え?


「俺は狡い男だから、その目を自分の都合の良い方に考える。護がそんなつもりはないって思ってても、強引に動く。……だから、気のない男の前でそんな目をしちゃダメだ」


樫の言葉の意味が理解できないわけじゃない。

そんな目がどんな目なのかは正直分からないけれど。

でも、樫の言う強引に動くと言ったその言葉の真意が読めなくて戸惑う。


「護、嫌なら逃げて。俺は護には触れてない。俺を突き飛ばして逃げる事は……可能だ」


そう言って見上げる場所にある樫の顔が近づいてくるのが分かった。

樫の言う通り、今樫は私に触れていない。

私が樫の腕を掴んでいるだけ。

樫から離れる事は簡単だ。

だけど……。

同じ視線の高さに樫の顔があった。樫の視線がどこを見ているのかが分かって、私はゆっくり目を伏せた。




< 71 / 194 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop