キライ、じゃないよ。
『あ、あの……田淵です。会社の前のファミレスで待ってます』


プライベート用のスマホの留守電に入っているメッセージを聞いて、しまったと思った。

今日は急遽入った会議が長引いて、田淵と約束していた時間はとうに過ぎてしまっていた。


「もしもし?田淵、悪い。仕事が今終わったんだ。まだファミレスにいるのか?」

『う、うん。ご、ごめんね。仕事忙しいのに……面倒なことお願いして……私は時間平気だから』


責める言葉を一言もはかない田淵に、こっちの方が罪悪感が半端無い。

生真面目な性格は田淵の美徳だとは思うが、正直鬱陶しいとも思ってしまう。

文句の1つでも言われた方が、こっちが付き合ってやってるのにと思えて気が楽だ。


「本当に悪い。今から迎えに行くから」

『樫くん、ありがとう。待ってるね』


待ってるからと言ったその言葉が、重くのしかかる。

原川と約束させられた日から、今日で5日目。

俺は毎日田淵の仕事が終わった後、彼女の自宅まで送り届けていた。

不規則な仕事だから毎日は無理だと最初は断ったが、退社時間に間に合わなければファミレスで待つからと言われれば断ることもできない。

もし田淵に何かあったら、俺は彼女に対して責任は取れない。

それなら多少面倒でもしばらくの間は送る事くらいしてやろうと思った。
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