誤認恋愛
誤認恋愛
握り飯をかっこみ終えた所で、私はマイバッグから一口サイズの台形チョコレートを三粒取り出した。

「はい、先輩。デザートにどうぞ」

言いながら、運転席の彼の膝上に置く。

「トランプチョコ」という大袋入りの商品があり、その名の通り上部にスペードかクローバーかダイヤかハートの模様が刻印されているのだけれど、その中のハートだけを抜き出し、バッグに詰めて来たのである。

何をかくそう今日はバレンタインデー。
「片想いの彼にハートのチョコを渡す」というベタで胸キュンなシチュエーションを堪能する為に起こした行動だった。
見返りなど一切期待していない、自己満足の愛の告白。

昨年念願叶って刑事となった私は、配属先で5年先輩の彼と組む事になった。
今日はある事件の聞き込み捜査をしていて、その合間にコンビニに寄り、車中にて昼食となった訳だ。

無愛想でクールで毒舌で、最初は『こんなすっとこどっこいが相棒かよ』とげんなりしたものの、毎日これでもかとばかりに密に接しているうちに、まんまと恋に落ちてしまった。

所謂吊り橋効果かな…なんて思ったりもするけれど。
常に緊張感漂う特殊な環境の中、行動を共にしている訳だし。

なんて考えている間に、彼は無言で包み紙を開けて、チョコを口に放り込んだ。

「え。食べるんですか?」

その行動に私は素で驚く。

「自分で渡しといてなんだその言い草は」

「い、いや、「こんなのいるか」って、突き返されるかと思って…。ほら、先輩ってナチュラルに無神経で鈍感で、せっかくの好意を平気で無にしたりするじゃないですか」

あ。
今のはあまりにも生意気過ぎたか。
こんな物言いができるなんて、ホントに私この人の事が好きなのだろうか。

「鈍感とは心外だな」

すると先輩は冷静に発言する。

「お前が弄した小細工に、俺が気付いていないとでも?」

「え」

「それを承知の上で受け取ってやったんだ」

「…えっ!?」

「後は自分で考えろ」

そう言いつつ先輩は残りのチョコと包み紙を上着のポケットにねじ込むと、次の目的地に向かうべく、エンジンを始動させた。

……吊り橋効果だって良いじゃないか。

心地よく揺れる車内、自分を取り戻した私は強く思う。

勘違いから始まった恋だって。

きっかけがどうであれ、既にこの思いは、強固で揺るぎないものへと変貌を遂げているのだから。
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