あんずジャム
親しげなその様子に、玲也は胸がズキっと痛むのを感じる。
(彼氏…かな?いや、ただの先輩?)
思えば、優羽が店に来るのはたいてい一人だ。
だから、何となく、そういう関係の人はいないような気がしていた。
だが、今優羽が見せている顔は、学校というこの空間でしか見せない、特別なものに思えた。
玲也には知ることができない、優羽の顔。
(俺、こう考えると、優羽ちゃんのこと、全然知らないんだな…)
暗い気持ちのまま、優羽の顔を再び見ることができなくなり、来た道を引き返した。
先ほどよりもだいぶ人が減り、玲也は軽くうつむいて思考を停止させ、人を縫うように歩く。
E組に入り、メイド執事喫茶を堪能していた篤に、帰りたいという旨を伝えた。
「いいのかよ?まだC組に行ってないんじゃ…」
「いいんだ」
篤は思った以上に強く返され、一瞬言葉を失う。
玲也もそれに気づき、笑顔をつくって言い直す。
「ごめん。大丈夫だから。帰ろう」
篤はそれ以上追及するようなことはせず、黙って立ち上がった。
それから帰りのことを玲也はよく覚えていない。
ただ、来なければよかった、という後悔が頭の中で大きくなっていったのは確かだった。