あんずジャム


よそ見をしていた優羽に、坂井は今まで聞いたことがないような、静かではっきりとした声で名前を呼んだ。

優羽は何の気なしに振りかえる。


すると、彼は優羽の頬の辺りを撫でるように触った。



「先…輩…?」



突然の行動に驚き、体が硬直する。


坂井の表情に、いつだったか優羽が玲也に似ていると感じたあの優しい笑顔はほんの少しだってなかった。

代わりにあるのは、ヘビが獲物を見つけた時のような、射抜くようで、それでいてどこか艶かしい目だった。


声を発しない坂井に、優羽がもう一度口を開きかけた時──



「!?」



唇が、何か柔らかいモノに塞がれていた。



(え?)



坂井の顔があり得ないほど近距離にあり、そこでようやく、その塞いでいるモノが彼の唇であると理解した。

理解したのと同時にそのまま思考停止する。


再び頭が働いたのは、息苦しくなってきた時。

唇が一度離れ、坂井と目が合う。

彼はゆっくり口を開いた。


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