ご縁婚〜クールな旦那さまに愛されてます〜
どうして……なにを話しているの? 親しげに名前を呼んでいるだけでも、胸の奥から嫌な感情が黒い煙の如く立ち上ってくる。

ドアを掴んだまま動けない私の耳に尚も届く声は、なんだかまったく知らない人のもののようだ。


「あぁ、俺も早く会いたいよ。なるべく急ぎで頼む」


その言葉を聞いた瞬間、肺に酸素を取り込めなくなったかのように一気に苦しくなった。

朝羽さんは、朱華さんと会おうとしている。

心変わりしてしまったのだろうか。それとも……本当は、今までずっと密かに想い続けていて、今回のことで息を吹き返してしまった?

一度はしまい込んだ、“元恋人同士で、朝羽さんは女性不信に陥るほど本気で好きだったのではないか”という勝手な疑惑が、再び浮上してきてしまう。

それに反し、まさかそんなことはないだろうという気持ちも交錯して、心が乱れ始める。

石のように硬直していたものの、彼が「おやすみ」と言ったのが聞こえ、はっとした。

聞き耳を立てていたことがバレたら、確実に気まずい。急いでベッドに戻ろうと動き出した、そのとき。

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