スウィートキス、スウィートバレンタイン
*
「有紗。もしかしてこれって手作りチョコレート?」
寝室に入って来た彼の手の中にあるものを見て息が詰まりそうになった。この人に見つかる前にこっそり処分するつもりだったのに、眠気に襲われて忘れていたのだ。
「今年は用意出来なかったって言っていたのに、ひょっとしてサプライズで作ってくれていたの?」
普段は紳士然とした彼が大げさなくらい嬉し気な顔をするものだから、私の中で罪悪感が一気に膨れ上がった。
「ごめんなさい、それ失敗作だから食べないで………っあ!」
私が止めるよりも先にその一かけを口の中に放り込んで咀嚼すると、彼は不思議そうに聞いてくる。
「どこが失敗作?おいしいのに。なんたって有紗の手作りだしね」
頼むからやめて。そんな極上の笑みを向けて貰えるような価値はそのチョコにはない。
だって年明けからずっと難航している契約案件に追われて今日がバレンタインだったなんて今朝になって気付いたくらいで、残業を切り上げてダッシュで帰宅して「生チョコなら間に合うかも!」って、大慌てでチョコ溶かして生クリームとブランデーを混ぜたものを、ちいさめなタッパウェアに流し込んで冷やし固めただけなんだから。
かたや今日彼が会社から両手いっぱい紙袋で持ち帰って来たチョコは、どれも有名な一流ショコラティエ、もしくは中身もラッピングもプロ顔負けに恐ろしく手の込んだ手作りのものだった。
そんな並々ならぬ気合と真心のこもった贈り物たちを見た途端、やっつけで用意したチョコを彼に渡そうとした自分が猛烈に恥ずかしくなった。彼は私にはあまりにも勿体ない相手で、婚約者である私は世界の誰よりも思いのこもったチョコを彼に用意しなければいけないはずなのに……。
「有紗?またいろいろ考えちゃってるの?俺は嬉しいんだから有紗は適当に俺を浮かれさせてればいいんだよ」
「………そうやってあまり私を甘やかさないで」
「そんなにチョコの出来が不本意なら何度でも挽回するチャンスをあげる。来年でもその先でも。有紗はこれからずっと俺の隣りにいてくれるんでしょう?」
本当に私でいいのか、きっとこれから何度も不安に思うだろうけど。
「勿論。傍にいさせて。………大好きだから」
こんな私を選んでくれてありがとう。来年こそは思いの詰まったチョコを用意するね。胸の中の密かな決意に応えるように、彼の甘い唇が私に重なった。