明日死ぬ僕と100年後の君
何も言えず、身動きすら出来ず、ただ呆然と有馬を見つめていると、聖人と呼ばれている男は不意に小さく笑った。
それは珍しく、自嘲めいた笑い方だった。
「ふふ。なんてね。飴だよ、普通の飴」
おかしそうに言って、猫に「なあ?」と同意を求める有馬。
その顔にはいつもの困ったような微笑みが戻っていた。
「飴……?」
「そうだ、大崎さんの分ももらえばよかったね。ごめん」
申し訳なさそうに言う有馬の顔は、いままででいちばん嘘っぽく見えた。
「別に、いらない」
やっとの思いで返事をする。
角ばったような声だった。
有馬はそれに軽く肩をすくめると、猫を床に落とすようにして放した。
もちろん猫がドスンと間抜けに落ちることはなく、くるりと宙で一回転して着地する。
でも「ナァウ」と鳴いた声は、有馬を非難するように聞こえなくもない。
「じゃあ僕らも学校に戻ろうか」
まだ混乱の中から抜け出せずにいるわたしに、有馬は笑ってそう言った。