いつか恋とか愛にかわったとしてもー前篇ー
ピシッと床が鳴りそうな緊張感が走りかけ、しかしパタパタと軽やかな足音がそれを打ち消した。
予備校から戻ってきたばかりらしい勝子が、あっつーいと騒ぎながら入ってきた。
梅雨は開けていないが今年は6月に入って毎日夏日が続いている。
Tシャツとハーフパンツからのぞく勝子のすらりとした手足はもう日に焼けて夏色だ。
「はい、お母さんが持って行けって」
勝子は袋からアイスキャンデーを取り出し、強と勇に渡してから自分の分の袋をパリパリとやぶり真っ先にソーダ―色の氷にかぶりついた。
そして「今年は会えるといいね」と、立てかけられたばかりの笹に目をやった。
「誰に?」
袋から取り出したアイスキャンデーをひと齧りしてたずねた勇の問いに、強が応じる。
「織姫と彦星か」

7月7日に雨が降ると、勝子ががっかりした顔で空を見上げるのを強は知っている。
雨のときには必ず。
まるで友だちの悲恋を悲しむかのように。

「うん、去年も一昨年も雨だったもの。彼らが泣いてるって思うとブルーな気分になる」
七夕の雨、織姫と彦星が橋を渡れず流す涙――催涙雨――。
勝子にしては珍しくセンチな発言に、「絶対違う橋を使って年中会っているから大丈夫だよ」と、アイスキャンデーをシャリシャリさせながら勇が適当なことを言う。
「そうだったらいいけど」
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