いつか恋とか愛にかわったとしてもー前篇ー

ロックアイスのような兄

だから校門を出てすぐに「勝子」と名前を呼ばれたときには、「あちゃ」と思った。
振り向かなくても、穏やかに響く声の主はすぐにわかる。
こんなに優しく自分の名を呼ぶ男は一人しかいない。

「強ちゃん、なんでいるの?」
「勝子を迎えに」
兄の強(ごう)はにこりと笑って勝子の横に並んで歩いた。
「なんで? 仕事は?」
「転校初日だから。今日は自宅勤務。2時で仕事を終えた」
どうだ早いだろ、と強はドヤ顔をしてみせた。
「もう子供じゃないから大丈夫なのに」

小学2年、3年で転校した勝子はよく泣いて学校から帰ってきた。
父・剛はそんな勝子が心配で、仕事を抜けては学校まで迎えに行っていた。
しかし小学4年になった頃には勝子は泣かされるどころか、けんかになれば誰にも屈せず誰にも負けないほどたくましくなり、迎えに行く必要もなくなった。
それなのに今度は父に変わって強がその役を引き継いだ。
強は大学生になってからは、祖父が残る東京の実家に一人先に戻っていた。
けれど勝子が中2で静岡の学校に転校したとき。
登校初日。
校門から出ると「勝子」と呼ばれ、振り返ると強が待っていた。
驚いて「強ちゃん、どうしたの!」と走り寄ると、「どうしたのって、迎えにきたんだよ」と、笑った。
鋭くとがった氷の表面が、溶けて丸みを帯びたような、柔らかく静謐な笑顔。
勝子が何より、どんなときでも安心する笑顔で。
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