いつか恋とか愛にかわったとしてもー前篇ー

これまで男子と２人きりで歩いたことのない典子は、勇と――ルックスの良い男子と――一緒で緊張していたが、勇は屈託がない。
話すことがないので「勝子って名前、真田さんぽくないですね」と、どうでもいいことを口にすると「そうかな？」とちょっと考えてから「君の名前は？　下の」と、聞いてほしくないことも屈託なく聞いてきた。
「山城……小百合」
「華やかな花のように美しい女の子を想像させるこの名前が典子は嫌いだった。
自分とのギャップがありすぎたから。
人に聞かれても恥ずかしくて言うのを躊躇する、典子にとって小百合はそんな名前だ。

「へえ、きれいでいい名前だね」
「名前はね。綺麗な名前で私には全然似合ってない。名前負け。笑えるでしょ」
だから名前を褒められたって、どうしたって自虐的になる。

「なんで？　全然そんなことないと思うけど。言われてみれば雰囲気が百合の花っぽい」
私のどこが百合？　と自分で突っ込みを入れる。
けど勇が真面目な顔で言っているので、典子はおかしくて、嬉しくて、笑ってしまった。
「何がおかしいの？」
「あなたの目。レンズ、歪んでるよ」

勇は電車に乗って、典子の家まで送ってくれた。
見知らぬ自分のために時間を使わせて悪いなと思いながら、自宅の少し前で「もう家だから。どうも有り難う」と言うと、勇は「じゃ、またね」と笑顔を見せて帰っていった。
まるで仲良しのクラスメートみたいに。

じゃ、またね――勇の言葉が典子の心をほんわかさせた。