青春の蒼い花
しばらく時が流れた。
私の口からこぼれ出たその言葉はたく兄に届いたのだろうか。
それを確認したいのに、私の視界はまだぼやけていて、たく兄の顔がよく見えない。
だけどまだ左頬には暖かくて優しいたく兄の手があった。
私はその手を握りしめて、勇気をだして言ったんだ。
「たく兄が好き」
すると、たく兄の手がピクンと動いた。
そしてそのまま私の手を握り返して、
「俺もだよ」
って言ってくれた。
でも、それは私の好きとは「違う」。
「違わないよ。俺も蒼衣が好きだよ。」
「じゃあ…蒼衣とキスできるの?」
何を言っているのだろう。
こんなことを言っているのは私なのに、どこかに冷静にこの状況を見ている自分がいた。
それでも止められなかった。
焦りが勢いを増して、想いが溢れ出た。
涙を振り払うと、少しだけクリアになった。
絶対困った顔をしているんだろうな、それか引いたかな?なんて、やっぱり冷静な自分がいた。
でも、予想とは違って
とろけるような甘い目だった。
私はそれに溶け込むかのように、目を閉じた。
たく兄も
同じ気持ち
…だったらいいのに。
チュ
「…ほら、できたでしょ。」
目を開けると優しく笑うたく兄の顔があった。
「違う。私が言ったのは…」
ポンポン
なんで…
なんで、いつも
そうやって、逃げるの?
私が言ったのはちゃんと唇にするキスで、おでこじゃない。
なんで、最後まで言わせてくれないの?
なんで優しく頭なんて撫でてくるのよ。
「私はちゃんとたく兄が好きで…」
「ありがとう、蒼衣。
そう言えば、俺が言ったんだよな。
俺のこと好きになればいじゃんって。
それ、守ってくれてたってことだろ?
あのときは、好きな人がいないーってなやんでたんだっけ?
いつかはできるって言ったけど、出来て欲しくないなー。
蒼衣が可愛いのは俺が1番知ってるし。」
そう言ってあのときみたいにガシガシと頭を撫でてくる。
たく兄は私の気持ちをわかっていて、こんなこと言うんだ。
気づかないふりして、私に優しくして、
それで遠くに行っちゃうんだ。
「あっ、でも、キスは早いぞ。
好きな奴ができるのはいいけど、キスは中学生のうちはダメだから!」
まるで父親のように言ってくるのがなんだかおかしくて笑ってしまった。
ああ…負けちゃったな。
たく兄をみるとニコッと笑っていた。
それは安堵しているようにも見えた。
やっぱり困らせてたんだよね。
だけど、私のことを思って見せなかったんだ。
「たく兄…いつもありがとう。」
私はまた泣いてしまった。
さっきとは違って、スーと流れ落ちていく。
「また、泣いてるよ。
大丈夫。また会いに来るから。」
近寄ってきたたく兄からは、甘くて爽やかな匂いがした。
それを吸い込むと少しづつ安心した気持ちになる。
今の涙は失恋の涙。
たく兄が引っ越すまでの間、お互い学校や家の用事ですれ違いになり、とうとう1度も会うことがなく、浅井家は引っ越してしまった。
それから月日は3年が経った。
あれからたく兄がこの街に戻ってくることはなかった。