天ヶ瀬くんは甘やかしてくれない。
わたしの席を横切った瞬間、ほんのり香る甘いムスクの匂い。
この匂いが鼻を掠めると、無駄に心臓がドキッと跳ねるのはいつものこと。
ガタンッと、後ろの席のイスが引かれた音が耳に届く。
そう、わたしの後ろの席。
そこが天ヶ瀬くんの席だ。
いつも席に着くと、必ず頬杖をついて窓の外を眺めるのが天ヶ瀬くんの日課。
しばらくすると。
「佑月、はよー」
天ヶ瀬くんに声をかける男の子。
星川那月(ほしかわ なつき)くん。
たぶん、天ヶ瀬くんと1番仲が良い男の子。
「お前、また彼女変わっただろ?」
「どーだろ」
いつも話題は天ヶ瀬くんの彼女のことについてが多かったり。
「どーだろって自分の彼女くらいちゃんと覚えとけよな?」
「無理。みんな同じ顔にしか見えない」