甘い脅迫生活
「……行きましょう。」
「え、はぁ。」
数分とも感じるほど私を見つめていた山田さんが先を促す。ほんとになんだろ。首を傾げてみても今日初めて会ったばかりのこの人の考えていることが私に分かるはずもない。
ま、いっか。
このままクビになればもう二度と会わない人だ。いや、クビになりたくはないんだけど。
山田さんが来てから、私の頭の中はせわしない。元々そんなに物を深く考えられる人間じゃないだけに、そろそろ限界が近い。
どうにかなるさ。どうにかなるさ。クビになったらどうしようーーー!
結局持ち前の小心が顔を出して考えろと鞭打ってくるんだけど。
山田さんが歩き出す。玄関から入ってすぐの角を曲がると、左右と置くにドアが出現した。
突然止まった山田さんが、右手を上げる。
「こちらがトイレです。」
「はぁ。」
どうやら山田さんには、私が社長の家で堂々とトイレに行く女に見えるらしい。だけど苦笑いの私を見ることもなく、山田さんは左手を上げた。
「こちらはお風呂です。」
「……。」
いやいや、そこまで図々しくないよ。完全な偏見だな。ドン引きの私を他所に、山田さんは再び歩き出した。