甘い脅迫生活
「突き当りのドアを開けると、キッチンとリビング。リビングを前に見まして右手奥が寝室で、手前が社長の仕事部屋でございます。」
「……はぁ。」
なぜ社長の家案内をされているのか理解できない。だけど私は、さっきから気になっていたものに目が釘付けだった。
社長の家は、見事になにもない。広くて長い廊下、玄関も壁にも、何かを飾るという行為はしないらしい。
フローリングの床は艶々で、きちんと清掃が行き届いている。チリ一つ落ちてないのだ。
きっと社長のことだからハウスキーピングでも雇ってきちんとしてるんだろうな。やっぱりお金持ってると違うよね。
そんな無駄のない、とても綺麗な廊下に……なぜか少女漫画の山が3山ほど置かれている。
【イケメン社長と甘い結婚】
【奪って!強引社長】
【社長と突然結婚します】
それも社長と可愛い女の子との結婚もの。表紙もややエッチなものから少女向けっぽいものまで。年代別とばかりに積まれていた。
「読みますか?」
「へ?」
マンガから視線を外すと、思いの他近い距離に細身のフレームが。
「ヒッ、」
「社長は読み終わったそうなので、欲しければ差し上げますが。」
今にもキスしそうな距離で淡々と話されると悲鳴まで挙げた自分が恥ずかしくなるからやめてほしいんですが……。
「……遠慮します。」
「……そうですか。」
溜息を吐いた山田さんが、一番奥のドアに手をかける。それを見ながら、笑顔で。私はこう思った。
社長って案外、少女趣味なのね。